
しっくりと、しっかりと
根岸線の洋光台駅を出るとすぐに、広々とした団地が広がっている。
広々とした中央広場には家族連れの姿が見え、ゆったりとした時間が流れる。
その団地の二階で暖かな陽を浴びて「ぶち木工」がある。
作ってそれで終わりではない世界があると思うんです。
高校の修学旅行でガラス職人に魅せられたという西村さん。
小田原で学んだ寄木細工の技術を活かし、オリジナル木工品を作り続けている。
「手入れすればいつまでも側にいてくれる」のが木の魅力だという。
素朴でありながらも表情豊かな木工品は、西村さんそのもののようだ。
木目の表情は
色も表情も異なる木材たちが、積み木のように合わさる。
機械で回転させながら、西村さんは彫刻刀で削っていく。
何種類もの彫刻刀とやすりを使い分け、木材があっという間に筒状になっていく。
西村さんが作る寄木細工のペンは、一本ずつに個性がある。
長い時間を共に過ごす道具だからこそ、しっくりと馴染むものを選びたい。
「人それぞれに"いいもの"は違います。でも、価値を知らないと選ぶこともできない」
クラフトワークの魅力を、木のぬくもりを、
もっと多くの人に知ってほしいと西村さんは言った。
舞台衣裳を残す価値とは

陽の明るい団地の階段を上り、二階の廊下を一番奥まで歩くと小さな看板が見えてくる。
店内に入ると、木を削った匂いに包まれた。
店舗と工房を兼ねているこの部屋で、西村さんは一日のほとんどを過ごすという。
山歩きが趣味だという西村さんは、少し照れくさそうな顔で話を聞かせてくれた。
ガラス職人の技に魅入られたこと、短大の入試課題のために高校時代の美術教師の元に通ったこと、
在学中から多くの職人を訪問して教えを受けたこと。
「本当は人見知りなんですよ」
西村さんはそう言って笑った。
「最初は家具職人になりたくて。でも話を聞いた職人さんたちは口をそろえて"やめた方がいい"と言いました。
"儲からない。金持ちになりたきゃやめとけ"って」
それでも諦めなかったのは、よほど強い思いがあったのだろうか。そう聞くと、
「人と同じ道は進みたくないと、子どもながらに考えていたのかもしれません。忘れちゃいましたけど」
と、苦笑していた。
小田原の木工所で寄木細工を学んだことや、様々な仕事の経験を踏んで、徐々に木工品を作るようになったという。
現在はオリジナルの木工品を作りながら、クラフトの魅力を伝えるワークショップなども行っているそうだ。
「金持ちではないけど、大人たちの忠告を振り切って選んだ道ですから。自分のやりたいことをできているという満足はあります」
もちろん、将来への不安もつきものだという。
「でも、きっとどんな立場の人でも不安や悩みは抱えていると思うんです。それぞれの選んだ道で悩んでいる」
「僕のようなフリーの職人は、仕事の量も何を作るのかも全てが自分の責任になる。それが苦しいときもあるけど、
だからこそ自由でもある。その覚悟ができるかどうかだと思います」
何もかも自分の責任。だからこそ自由。

「難しい質問ですね」
木の魅力は何か、と訊ねたら西村さんは苦笑した。それから少し考えて、
「決して万能ではないけれど、ちゃんと手入れすれば一生使えるってところでしょうか」
と答えた。
「木の一つ一つに個性や違いがあって、当然、扱い方にも違いがあります。それを使う人にも知ってほしいから、手入れの方法や
故障したときの対処法も伝えるようにしています」
別の店に卸すときも、そういった説明までしてくれるように希望するのだそうだ。
「知ってほしいのは、モノの良し悪しが値段やブランドに依存しない世界があるということです。
その人にとっての"いいもの"に出会えるかどうかは、本当の価値を知っているかどうかによると思います」
工房の中には多種多様な木材が並んでいる。西村さんは製作する物に合わせて、これらの木材を使い分ける。
一つ一つの表情が引き立つように、それぞれに適したモノに生まれ変わるように。
完成したばかりの寄木のペンを手に取ってみると、それはしっかりと硬いのに、不思議と手に馴染む柔らかさであった。
それは久しく触れていないような、しっくりと来る感触であった。
"作り手と使い手を、物語で繋げる"が製作のコンセプトだという。
「作り手がモノを作って、それで"はい、終わり"ではない世界があると思うんです」
西村さんが何気なく発したその言葉が印象的だった。
使う人の顔を思い浮かべること。モノを生み出すだけでなく、さらにその先の、モノの一生まで想像すること。
それは当たり前なようで実はとても難しいことに思う。
「祭りで店を出しているときに『数年前に購入したんです』っていう人が来てくれたりするんですよ。
そういうときが一番嬉しいですね。自分の作ったモノがその人の物語の一部になれたんだなって思います」
笑顔でそう語りながら、西村さんは膝に抱えた木材にやすりをかけ続けていた。
いつか、その木は誰かの手にしっくりと馴染むのだろう。
作り手と使い手が、物語で繋がる
